インディージョーンズの大冒険
「2015年05月31日天気快晴なれど道険し」 南紀勝浦温泉から国道42号線で新宮市[168号線]瀞峡[169号線]北山村⇒下北山村⇒上北山村[309号線]天川村⇒面不動鍾乳洞⇒ 対向車に遭遇することもなく…まるでスピル… インディージョーンズの大冒険 の続きを読む
ALS患者snowと家族の日記や雑記メモ
「2015年05月31日天気快晴なれど道険し」 南紀勝浦温泉から国道42号線で新宮市[168号線]瀞峡[169号線]北山村⇒下北山村⇒上北山村[309号線]天川村⇒面不動鍾乳洞⇒ 対向車に遭遇することもなく…まるでスピル… インディージョーンズの大冒険 の続きを読む
私が生まれた日置村は1955年に3ケ村が合併して城東村となる。 面積 60k㎡、人口 6千人程の小さな山里でした(丹波篠山市の一部分)。 この頃の人と人の繋がりは非常に緊密で、色んな組織が活発に絡み合いながら活気に満ち溢… 我が幼少期の原風景 の続きを読む
私は団塊世代から2年後の1951年に、3人兄姉の末っ子として生まれました。 親は農作業に忙しく、一人で泣き叫ぶ赤子に向こう隣りのお婆さんが、ミルクを飲ませてくれたのを今でも覚えています。 周りには兄さんや姉さんが沢山いて… 我が幼少期の生活と遊び の続きを読む
私の若いころは寝台特急 “あかつき” で長崎まで出張していました。 早朝に到着し、打合せを済ませ、帰りも寝台特急を利用していました。 (“あかつき”は2008年に運行終了)… 長崎まで乗換案内で、ルート検索をしてみました の続きを読む
まだ瀬戸大橋のない頃、四国の高松まで色んな船に乗ってよく行きました。 JR宇高連絡船経由で 岡山の宇野港~四国の高松港を結ぶ宇高連絡船は、時速20km/hでのんびりとした一時間の船旅です。船尾の甲板で販売されていた、汐風… 瀬戸内 想い出の高速船 の続きを読む
四国 ユースホステルに泊まりながらの一人旅 50年前のお話しです。 1日目 フェリー(神戸港~小豆島~高松)⇒栗林公園⇒金比羅宮⇒ 神戸メリケン波止場のポートタワー中ふ頭からフェリーに乗船、ドラの大きな音とともに出港。… 旅の思い出 四国一人旅 の続きを読む
私が20年前の長崎出張中に長崎半島(野母半島)をママチャリで一周した時のお話です。 長崎と言えば坂道で有名ですが、街中で自転車をみることは殆どありません。 自転車産業振興協会による平成30年の一世帯当たりの自転車保有台数… 長崎半島をママチャリで一周一人旅 の続きを読む
私の頭から消えかけていく想い出を断片的な記憶から大捜索してみました。 1.僅かな手掛かりを元にグーグルマップでルートを推定します 2.ルートを絞るために観光マップと写真を検索し、記憶の点を線に変えていきます 3.印象的な… 私の修学旅行 の続きを読む
今 病院のベッドに横たわりながら、パソコンでブログを書いています。テザリングでパソコンとスマホをWi-Fiで繋ぎ、インターネットが出来ていることが信じられません。
私の若い頃はパソコンが普及し始めた時で、未だソフトがインストールされておらず、N88-BASIC言語でプログラミングして計算やグラフ等を作っていました。文章は手書きから日本語ワープロで作成出来るようになり、客先に提出した書類が赤ペン添削で帰って来ることもなくなりました。喫茶店ではインベーダーゲーム機に夢中になり、まさに激動の時代で世の中がどんどん変わって行きました。
私は1974年に入社するも一ヶ月で倒産、寮に貼られた求人募集でLNG船のタンク防熱を開発中の会社に就職し、開発に参加しました。日本で最初のLNG船に120名が乗船し、三交代で一週間の海上公試に参加出来たのが懐かしい思い出です。とにかく船の馬鹿でかさには圧倒されました(戦艦大和の全長263mよりも長い280mで、最近では300mの船もあります)。低温ガス運搬船の断熱技術者として42年間働きました。
1973年:第1次オイルショックで原油価格高騰、就職難になる。
1975年:日本初のメモリー付き関数電卓CASIO fx-15が16,500円で発売(大卒初任給:9万1300円 )され、科学計算用電卓としては必須の機能で機械式計算機や計算尺を使わずにすむようになった。
1978年:人気タイトーのスペース インベーダーゲーム機登場、2018年で40周年。
1978年:初の日本語ワープロ東芝JW-10が630万円で発売。(4年後にはJW-1が1/10の価格で発売!)
1978年:日本で最初のLNG船「ゴーラスピリット号」完成(世界経済の低迷で引渡し遅れる)。
1979年:第2次オイルショック、造船不況で不当解雇が大ニュースになる。
1979年:プログラム関数電卓CASIO fx-502P(51関数、22メモリー、プログラム:256ステップ)が24,800円で発売。付属の操作マニュアル以外にA4サイズの1センチほどの分厚いプログラム例題集が付いていた。自分で作ったプログラムはマイクロカセットテープレコーダーに録音したり感熱式プリンターで記録していました。
1982年:16ビットCPUを採用して長くベストセラーとなったPC-9800シリーズが発売。本体価格298,000円(ディスプレイ、フロッピーディスク、プリンター除く)パソコンにソフトは付属しておらず、パソコン雑誌などを参考にしながらプログラムを作って自慢するのが楽しみでした。