おらわ死んじまっただー

昔なら食事が出来なくなれば自然に痩せて老衰ということで、私は68歳の生涯を閉じていたのでしょう。 でも私は生きています現代医学の力で生きています。 胃瘻の力で生きています。 バイパップで呼吸もしています。 自分では何もで… おらわ死んじまっただー の続きを読む

こんなのが、あったらいいな

タオルを洗濯して干しても、誰も取り込んでくれないし、 畳むのが面倒くさいのよーと言ってる貴女に、 こんなのはいかがでしょうか。 タオルが乾けばフックと紐を外して、そのまま洗面台のタオル掛けに早変わり。 2セットを使い分け… こんなのが、あったらいいな の続きを読む

何故病院の台車はガタゴトとうるさいの

何故に病院の台車は一日中ガタゴトガタゴトとうるさいのでしょうか、台車のキャスター四人組に一言聞いてみました。 個々のキャスターがそれぞれに文句を言い始めたのです。 お前が一人で勝手に動いて、みんなと一緒に動かないからさ。… 何故病院の台車はガタゴトとうるさいの の続きを読む

インディージョーンズの大冒険

「2015年05月31日天気快晴なれど道険し」 南紀勝浦温泉から国道42号線で新宮市[168号線]瀞峡[169号線]北山村⇒下北山村⇒上北山村[309号線]天川村⇒面不動鍾乳洞⇒ 対向車に遭遇することもなく…まるでスピル… インディージョーンズの大冒険 の続きを読む

住人の声は般若心経

この階は、ほとんどの人が寝たきり状態です。 あちらこちらから、毎日のように聞こえてくる住人の声 「オーイ オーイ、ア~ア~、ウォ~ウォ~、チョト~チョト~、イタイ~イタイ~、ダレカキテ~ダレカキテ~、ウッモ~ウッモ~、ギ… 住人の声は般若心経 の続きを読む

我が幼少期の原風景

私が生まれた日置村は1955年に3ケ村が合併して城東村となる。 面積 60k㎡、人口 6千人程の小さな山里でした(丹波篠山市の一部分)。 この頃の人と人の繋がりは非常に緊密で、色んな組織が活発に絡み合いながら活気に満ち溢… 我が幼少期の原風景 の続きを読む

我が幼少期の生活と遊び

私は団塊世代から2年後の1951年に、3人兄姉の末っ子として生まれました。 親は農作業に忙しく、一人で泣き叫ぶ赤子に向こう隣りのお婆さんが、ミルクを飲ませてくれたのを今でも覚えています。 周りには兄さんや姉さんが沢山いて… 我が幼少期の生活と遊び の続きを読む

長崎まで乗換案内で、ルート検索をしてみました

私の若いころは寝台特急 “あかつき” で長崎まで出張していました。 早朝に到着し、打合せを済ませ、帰りも寝台特急を利用していました。 (“あかつき”は2008年に運行終了)… 長崎まで乗換案内で、ルート検索をしてみました の続きを読む

瀬戸内 想い出の高速船

まだ瀬戸大橋のない頃、四国の高松まで色んな船に乗ってよく行きました。 JR宇高連絡船経由で 岡山の宇野港~四国の高松港を結ぶ宇高連絡船は、時速20km/hでのんびりとした一時間の船旅です。船尾の甲板で販売されていた、汐風… 瀬戸内 想い出の高速船 の続きを読む

旅の思い出 四国一人旅

四国 ユースホステルに泊まりながらの一人旅 50年前のお話しです。 1日目 フェリー(神戸港~小豆島~高松)⇒栗林公園⇒金比羅宮⇒  神戸メリケン波止場のポートタワー中ふ頭からフェリーに乗船、ドラの大きな音とともに出港。… 旅の思い出 四国一人旅 の続きを読む