長崎半島をママチャリで一周一人旅

私が20年前の長崎出張中に長崎半島(野母半島)をママチャリで一周した時のお話です。
長崎と言えば坂道で有名ですが、街中で自転車をみることは殆どありません。
自転車産業振興協会による平成30年の一世帯当たりの自転車保有台数一位は滋賀県の1.6台、二位は大阪府の1.5台、長崎県は最下位の0.6台なんです。
その中でも平地の少ない真夏の野母半島一周(地図青線部合計89.8㎞)を何の装備も付いていないママチャリで決行したのです。

丸尾町⇒江川町10.8㎞
朝食を済ませ8時に丸尾町の船員会館をママチャリで出発、最初の難関は旭大橋へのアクセスです、橋の下からの階段はあるのですが、自転車通路が無くて担いで橋の上まで運びました。
電車道を南方向へ五島町~大波止~出島~大浦海岸通と観光地を通りぬけ国道499号線を走って江川町のサイクリングロード入口に到着。

野母半島サイクリングロード 20.7㎞ (県道300号野母崎自転車道)
ここから人の気配がなくなり、アップダウンとクネクネした曲り道が多く、つづら折りの坂道もある難コースですが何とかママチャリでも走破する事が出来ました。途中で出会ったのは地元の散歩中の人と親子のサイクリング一組だけでしたが、竹林や畑の脇を通るのどかな景色や森林浴も楽しめる変化に富んだコースでした。

高浜町⇒脇岬町6.6㎞
行き場を見失い急な未舗装の坂道を転げるように急降下して国道499号線に合流、家族連れで賑わう高浜海水浴場で一息。
右手に軍艦島を見ながら野母崎物産センターまで走り、ここで昼食を取って一休み、海では若者がサーフィンを楽しんでいます。

脇岬町⇒網場町(県道34号線)41.6㎞
時間は午後2時過ぎ!先を急がなければ、大うなぎ生息地の看板を横目に見ながら34号線へ。
いきなり長々と続く急激な坂道にペダルも漕げず、ママチャリを押しながらやっとこさで登り切った。
汗を拭きながら冷たいジュースを片手にタバコで一服、横を車が通り過ぎて行く、虚しい!。
この調子では何時宿に辿り着けるのか不安になってくる。
下りは速度50㎞/hもでていたのかも、と思うほどビューと風を切ってとても気持ちが良い、また海岸線の景色が最高!。
遠くに天草を見ながら、アップダウンとクネクネした曲り道が続く海岸線をひたすらペダルを漕ぎました。

網場町⇒丸尾町10.1㎞
網場町についた頃には太陽も遥か西に傾き、大きなスーパーマルキョウで夕食。
地図を見るとまだまだ宿が遠い!、急いで帰らなければとペダルを踏むも直ぐに周りは真っ暗闇!。
ライトをつけると更にペダルが重くなり、必死になってペダルを漕ぎ、宿に辿り着いたら時計は午後8時を指していました。

今振り返って考えて見ると、無計画で行き当たりばったりの私の人生そのものです。
もしもパンクしたら、もしも倒れて怪我をしたら、もしも足がつったら、そんな事考えてたら何も出来ない!

1999年48歳の時に頭を強打して頚椎椎間板ヘルニアで右手が痺れる。 2011年60歳の時に草刈り機で左足甲裂傷7針縫う。 2015~6年64~5歳の頃には覇気がなく少しボケを感じる。 物忘れや痴呆症ぎみになり、あくびが良く出る、手足に力が入りにくい、ロレツが回りにくい、何か解らないが身体に違和感がある、冬場なのに汗をかく、脈が速い、仕事中に頬杖をつく、足のこむら返り、背中の同じピンポイントで蚊が刺したような痛みを感じる、体重の減少、大泣きした後のようなひくつき、顔面のぴくつき など 2017年1月には服のボタンが留められなくなり、その年の9月にALSの認定がおり、日本ALS協会に入会、尊厳死協会にも入会して胃瘻や人工呼吸器の手術は受けないと決意する。 2019年7月 ギリギリまで頑張ったのですが、食事を飲み込むのが苦しくなり遂に 胃瘻手術を受けました。

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